2012年9月25日火曜日

大好きなButch



まだCashmirで働いている頃、ブッチは毎日やってきた。新人の私になかなかエスプエッソを作らせてくれなかった。私はブッチの前でしばらくいつも緊張していた。世界的な音楽家だと人から聞いて、楽器を弾くのかと聞いたら何だと思う?と言って、しばらく教えてくれなかった。何をしているのかと思ったら指揮者だった。あんなにおしゃれな人は見たことがなかった。いつもの、あの丸い眼鏡とモロッコで買った靴と、オーダーメイドのコーデュロイのベスト。黒はコンサートのときしか着ない。夏はいつも白を着ていた。 


ブッチはいつもふざけたことばかり言っていたのに、自分のショーになるとオーラを変えて自分の世界を作りあげる。オーケストラがブッチの子供であり、細胞であり、戦隊であるような旋律を描くとき、ブッチのつくるその空間は宇宙みたいだった。私には少し難しい音楽を、ブッチは眉をひそめながら流れを描くように導いていた。演奏が終わると、いつものあの顔でやってきた。あの、はじけるような笑顔で。 



私が新しいレストランのArcaneに移っても、旅をしているとき以外、ブッチは毎週やってきた。一人でバーに座って、時々世界中の友達を連れて。空港に行く前。旅から帰って来た途中。いつもブッチは入ってくるとこっちを見て、大きくてしっかりしたハグと挨拶のキスをくれた。そして、私に何か変化があると遠くからでもすぐに分かった。ブッチは、何でもわかった。失恋したときも、仕事でうまくいっていないときも。ブッチの選ぶ言葉はいつも適切で、極度に私が落ち込んでいたときにくれた言葉を、今もずっと心の支えにして覚えている。二人でフルトンモールの生地屋に行ったことも、スリフトストアに行ったことも。



 病院で今日会ったブッチは、いつものブッチだった。思っていたよりも元気で、本当に、あのいつもの。おしゃれな洋服だけは病院の患者の服に変わっていた。でも、素敵なスカーフを巻いていつものサンダルをはいていた。一度に二人までしか面会できないというのに、面会の人が続々とやってきて、Thaisと3人で限られた短い時間を過ごした。ブッチにお別れを言うとき、あのいたずらな目が覗いて、それを見たらもうダメだった。


誰にとっても特別で、寛大でユーモアがあって、時々厳しい芸術家。ブッチにはいつもブッチのリズムがあってそれに鼓動するように人が集まっていた。いつも。今日も、病院でも。ブッチありがとう。

2012年9月20日木曜日

9月19日 秋晴れ



昨日はホテルデルマノ。デルマノはいっつも楽しい。昨日はソウルを中心にかけた。やっぱりお客さんの反応があって、バーテンダーもみんな気持ちよく仕事していて、自分たちが好きな曲を思い切りかけれるのが一番!それにいいサウンド&ダンスが加わればなお最高。「いいね!」と少なくとも一度は一晩で言ってもらえることを目標に頑張っている。いいねと言ってもらえないと頑張れない。モチベーションが上がらない。そのことを、私たちは「押切もえ現象」と呼んでいる。なぜなら昔、かの有名なJJモデル(キャンキャンだっけ?)が「いつもかわいいと言われないと嫌なんです」と言ってたことに由来する。やっぱりそうだよね〜じゃなきゃつまんないもん。松浦弥太郎も自分の書く文章に対してそんなようなこと言ってたから、みんな心のどこかに押切もえを隠し持っているってことか。


今日は、パリから1年ぶりにもどってきた前のルームメイト&友達のThaisとご飯!うれしい。いつも二人で、頑張ろうね!とメールしていたけど、それを実行できてる自分でいるかどうかはわからない。ま、とにかく嬉しい!多分Avenue Cと6ストリートのオーストリアレストランかな。二人とも食べるのが大好きなので、レストランにこれからまたいっぱい行けるね!

2012年9月7日金曜日

Matthew Africa



不思議な一日だった。


オークランドに住む大好きなDJ、Matthew Africaが今日交通事故で亡くなった。
今日の午後、新しくブログにアップされていたミックスを仕事中に聴きながら、
それがものすごくよかったので、何ヶ月かぶりにメールを送った数時間後に
そのことを知った。今日の午後はなぜか、そのミックスを聴きながら
何も知らずにMatthew Africaのことをずっと考えていた。
次会ったときはこんな話をしよう、とか。

Matthew Africaのことは、
3年前にどうしてもほしい曲を調べているうちに
彼のブログにたどり着いてその存在を知った。
どのミックス&紹介されている曲もセンスがずば抜けてすばらしく、
普段はそんなこと滅多にしないのにいきなりメールを打った。
ニューヨークでDJにきたときも見に行って、
ミックスがあがるたびに、CDを見かけるたびに、
それがどれだけ良いかどういうところが好きか、度々メールを交換していた。
いつもあの穏やかで丁寧な雰囲気そのままで
「ありがとう!」と返事を返してくれた。
直接関わったことはほんの一瞬だったけど、
心の中ではメンターのように、尊敬していた。
レアなレコードを集めているソウルやファンクのDJは
彼くらいのレベルになると、
新しい気持ちで色々な音楽にオープンでいるのは
すごく難しい事だと思う。
Matthew Africaが特別かっこよかったのは、
オークランドのローカルで下品なラッパーから
60年代のスーパーレアなソウルまで
すべて同じ様に紹介してくれたこと。
そして音楽を単純に、ただ愛していたということだった。
その姿勢から、どれだけ学ぶことができたか計り知れない。


Old Friendsというミックスに入っていた
Friday, Saturday, Sundayの一曲を聴くと
涙が止まらなかった。
好きで好きで初めて買った高いレコード。
ヘッドフォンでじっくりと噛み締めるように
ひとつひとつの音をきいた。
彼がこの曲に関わったわけはでないのに、
それでも、彼を通して知った音楽が
私の人生の、生活の、ある瞬間に
ふときらめくような時間を残してくれたこと。
まだ知らない音楽に、胸を躍らせてくれたこと。
嬉しい瞬間や悲しいときに、一緒に居てくれたこと。
今愛する音楽の、きっかけを作ってくれたこと。
そしてそれがたくさんの出会いや思い出をつむいでくれたこと。
ぜんぶありがとう。



最後のメールには
「やっぱりあなたのセンスがたまらなく好きです。
入っている曲が好きなものが多過ぎて、
何度クレジットを見直して曲名を暗記したかわかりません。
Stay HatinのPodcastも聴いてるから、続けてね。
またニューヨークに来てね。」と書いた。
いつも2日後に返事をくれるMatthew Africaのメールは
本人が読むことはなく、いつものように「ありがとう!」と
気さくな文体で戻ってくることも、もうない。


本当にありがとう。どうか、安らかに。

2012年9月6日木曜日

9月5日 雨




シニカルなジョークを言って
口も悪くて特徴的に笑うスコットは
きちんとした仕事してるのに思い切り遊んで、
頭が切れて、簡素なのにとてもおしゃれで、そしてものすごく良いDJだ。

スコットとの出会いはデトロイトの中でも忘れられない出来事のひとつ。
アンディーからすばらしいDJというのは前回の旅で聞かされていたけど
今回は毎日遊ぶ事ができて、頭に地響きをくらうようなインパクトを受けた。
スコットのかける音楽はディスコだしテクノだしロックだしサイケだし、
フォークでエレクトリックでディープ。
それなのに、飛び散らからずに筋がとおっていて
パワフルでハングリーではらわたをがしっと掴まれるような。
王道じゃなくてどこかが変。
パーフェクトではなく、埃ぽくてどこかがねじれている。
普通とは違う不思議で野性的な感覚。
あの狐につままれたような非現実的な感情になる音楽を
たくさんたくさん教えてもらった。
短い時間で色んな世界に連れてってもらった。
存在をインターネットから隠して
ただただ地元の深い場所で音楽をかけていて。
求められているものを提供する「ジュークボックス」DJではなく
その場の雰囲気を壊してでもスタイルを崩さない。
そしてそのスタイルはとんでもなくかっこいいから、
みんなは納得する。踊り始める。

みんなが帰った後ゆきこさんと3人で、
スモークとプラネタリウムよりもエレクトリックな光の中で、
“疲れる”という感覚もなしにずっと踊っていた。
あのときはそれが一番自然なことだった。
充分長いのにこのままずっと終わらないでほしいと思う音楽は、ある。
古い音楽が大好きなゆえに無意識に狭まっていた趣向の風向きが、
少しだけ変わったかもしれない。

好きなものを、とことん愛そう。
必要ないものにはそっぽを向こう。
止まらずに探し続けよう。
長い旅だ、おちついてゆっくりと。
怖がらずに前へ。

2012年9月5日水曜日

9月4日 はっきりしない天気




吉本ばななが、日記の中で「実際に行かないと思い出はつくれない」と言っていた。その場所に行くということは、そこにたどり着くまでの乗り物の中で飲んだ飲み物や流れていた景色、その日の天気やその場所で交わす会話、そのとき聞いた音楽、すべてのことだ。ささいな感覚や温度。それは、行かないと手に入らない。覚えていなくても、体が記憶する。そしてそのまま2度と思い出すことはなくても、自分のどこかに沈殿していくのだ。

今はとても忙しくて、でかけて、家にいない日も多くて、やることリストがたまって、人に会ってめまぐるしく朝が来る。でもやりたいことをやれていて、嬉しくて幸せだという瞬間もたくさんある。やらなくてはいけないことを後回しにする言い訳にはならないけど、人生の中の一時期にこういう日々があってもいいのではないかと思う。

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ゆうちゃんから何年かぶりに連絡が来た。あまり時間はなかったけど、会えてとても嬉しかった。ずっと長くニューヨークに居ると、ぷつりと切れてしまう人間関係も多い。でも、縁があるとどこかでつながって、それに意味を持たせなくても楽しい時間を過ごせる。バイバイをした後で、遠くの横断歩道から大声で名前を呼んで大きく手を振る無邪気なゆうちゃんを見て、なんだか友達っていいな。ってすごく思った。